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人材派遣の歴史を知っておこう

人材派遣として今のような形になってきたのはそんなに古いことではありません。しかし、歴史を振り返ってみれば、就職あっせん業というか、今の日雇い派遣のような紹介業は古くから存在しています。歴史小説などでよく出てくる「口入屋」という業種がそうですね。江戸時代に存在していた口入屋は、地方からやってくる労働者などのために、身元保証人となって派遣先へ仕事をあっせんしていたそうです。ただ、一部では、遊郭への女性の人材派遣というものも請け負っていて「女衒」と呼ばれる人身売買の人たちのつながりも強かったため、あっせん業そのものがいかがわしく思われていたところもあります。
明治になって、産業の強化が前面に押し出された時代では、工業労働力として農村の労働力が必要となり、職業あっせん業(人材派遣業)も必要とされてきました。しかし、法律上の整備はまだまだで、悪徳業者も横行する時代が続いたのです。戦後になって、一部の日雇い労働を除き、基本的には雇用するものが労働者を雇わなくてはならないという法律ができました。これが、労働基本法の基礎です。
ところが、高度経済成長も終わり、海外との競争にさらされるようになると、硬直した労働力が足かせになり、新しい事業に踏み出すことができにくくなってきました。新しい事業やプロジェクトには、今迄とは全く異なる人材が必要で、それを自社で育成する費用も考えると、開発費がかさんで、とても競争力のある企業にはなれません。そこで労働力をもっと流動化させて、専門知識を生かせる職場の提供を行ない、研修などのコストを削減する仕組みを作れないかという考えが広まってきました。
このころから、労働者側からのニーズも変化してきました。企業が大きくなると、どうしても転勤が多くなります。家庭の事情などで、どうしても転勤ができない場合には退社するしかありません。一度退社してしまえば、その地域で同じような業種に転職するのはなかなか難しいものがありました。また、企業によっては能力があっても十分に発揮できない仕事環境になってしまうというケースもありました。自分の能力を生かしつつ、家庭にも負担をかけない働き方が求められていたのです。
そこで、人材派遣業という業種をはさんで、自由に労働力を流動化させ、企業にも労働者にも都合のいい働き方ができるように法律を改正してきたわけです。したがって、人材派遣業の仕組みが出来上がってから、20年あまりという歴史しかありません。

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